NPO Ki Afrikaスタッフによるブログです。
Profile
Search this site.
Key word
ケニア、スタディツアー、自立支援、NPO、NGO、アフリカ、海外支援、ボランティアインターン
MOBILE
qrcode
Others
ボランティアインターン体験レポート その2
ケニアに出会って
飯塚病院初期研修医 山岡祐衣

私は現在研修医として福岡の病院で働いています。たまたま9日間の休みをとることができ、ケニアを訪問することが出来ました。心に残ったエピソードをご報告します。

◆始まり
私は高校生ぐらいの頃から、アフリカに関する本を読んでは「いつかは行くんだ!」と思っていました。大学生の頃は「風に立つライオン」を聞いては、自分がキリマンジャロを見つめる姿を思い描いていました。将来、途上国での母子保健・貧困問題に関わりたい、という思いから、学生時代、アジアやヨーロッパの施設などをボランティアやバックパッカーとして放浪したことはありましたが、アフリカは遠くて、「お金がかかる」場所でした。
働き始めて1年半。想像以上に研修医として働く毎日は時間が全然なく、また日本の恵まれた環境の中に浸かっていると矛盾やジレンマを感じることも多く、「私がいたい場所はここじゃない気がする」「今、違う国の現状を見に行きたい」という思いが募っていました。そしてある日、急に思いました。「もう、行ってもいいんじゃないか」自分で自分に許可を出したら、急に心が軽くなって、無理やり9日間の休みをとって、アフリカに行くことを決めました。
インターネットで検索するとアフリカで活動されているNGO/NPOは沢山あります。自分が一人で行って放浪するのもいいけれど、お金も時間もない中で、現地に慣れた人に案内してもらう方が効率的と考え、また現地で活動中の日本人・ケニアの方々の話を聞きたいと考え、キ・アフリカの「ボランティアインターン」に応募することに決めました。突然見ず知らずの私から、「行きたいです。お願いします」とメールしただけで、「是非来てください」とお返事をいただき、とても心強く思ったのを覚えています。現地で沢山の方と出会い、訪問させていただき、感謝してもしきれません。

◆色んな支援の形
 今回、私が訪問させていただいた場所は、医師(元医師)が支援している「Child Doctor」、「キラキラ保育園」、職業訓練の「サイディアフラハ」、小学校支援の「ロイトクトク(ホームステイ)」、そして「アンボセリ国立公園」です。地域の人が安心して生活していく上で重要なものは沢山ありますが、その中でも健康であること、家(居場所)があること、働いて食べていけること、その大切な部分へのサポートを見せてもらえたと思います。医療、保健、保育、教育、孤児支援、職業訓練・・・、どれが一番大切、でもなくて、どれも大切で、どれも必要で、多方面からの様々な支援が必要なことを実感しました。そして色んな団体がありますが、お互いに情報交換したり連携したり、その中でまた新たな活動が進んだり、そうゆう相互作用は非常に大切だなと感じましたし、キ・アフリカのボランティアインターンという制度の良さはそのネットワーキングの現場を見せていただけることだと思います。

山岡さん2
*きらきら保育園の相原氏(左端)と共に。

◆支援する人たちの思い
私がたった1週間ちょっと訪問したとして、何もケニアに貢献できたわけではありません。現地の人から見れば金持ちの国から来た、ただの旅行者、むしろ現地の人の思いや文化、生活を傷つけたりしないかと心配に思ったりもしました。しかし、私がこの1週間で得たものは、「現場を見る」こと以上に、「現地で活動する人の思いを聞く」事にあったと思います。
20年以上も現地で職業訓練支援を続けている荒川さんも、スラムの子どもたちをサポートする体制を整えている公文先生も、ロイトクトクに小学校を設立し地元の人と一緒に頑張っている矢野さん、都丸さんも、これからNGO立ち上げて若い女性の自立を支援しようとしていた築地さんも、小さな子どもが知識、道徳、倫理、価値観などを身につける人間形成に非常に大切な時期を人生をかけてサポートする相原さんも、みなさん試行錯誤して壁にぶつかりながらも頑張っていらっしゃる一面を垣間見させていただき、「より良くしたい」「何かしてあげたい」という前向きなエネルギーに圧倒されました。ロイトクトクでホームステイさせていただきましたが、何もない場所だけど、キリマンジャロと緑の木々がきれいなその場所で、その家族のお母さんも、息子たちも、本当にみな良い人で、仲良くなればなるほど、何かしてあげたくなる気持ちがよくわかりました。
支援する方々の思い、活動力には頭が下がるばかりですが、少しだけみなさんの気持ちを教えてもらえたように思います。たまたま「ケニアのその場所」に「仲良くなった人」がいて、「友達だから助けたい」という気持ちから生まれて、活動が始まる・・・というようなものなのかもしれない、と感じました。支援・被支援者の関係は現実には対等とは言いがたいですが、お金の支援だけじゃなくて、被支援者にも自立したい・勉強したいなどの思いがあって、支援者もサポートしたいという思いがあって、お互いに支えあって成長できれば素敵だなと感じました。

◆最後に
色々と書きましたが、今回の滞在は全て、西方さんを始めとしたキ・アフリカの皆さんのおかげです。特に受け入れをしてくださった矢野さん、都丸さん、築地さんには大変感謝しています。私は小児科医になろうと思っていますが、いつかは国外でも国内でもいいので、自分と出会った人との繋がりの中で、子どもを支える活動を始めたいと思っています。あるとき、「ドクターはほんと、素敵な仕事よね〜。誰でも出来る仕事じゃないんだから、頑張ってね!」と都丸さんに言われたことを覚えています。まだまだどれだけ貢献できているか分かりませんが、このインターンで感じた思いを胸に、日々の仕事に戻ろうと思います。
本当に、ありがとうございました。

きらきら
*きらきら保育園にて年長クラス
| ボランティアインターン | 09:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | このページのトップへ
日本からのお客様
 昨日はナマンガへボランティアインターンの方を案内しました。
ナマンガには、相原氏が創設、運営する、
キラキラ保育園http://www.geocities.jp/kj_kirakira/
があります。
新学期が始まって1ヶ月程。
キャパシティ限界のほぼ100名、
元気いっぱいの園児たちは、
ボランティアインターンの河野太さんにべったり。
手遊びなどで大いに盛り上がりました。
河野くん

ここナマンガは、タンザニア国境、
そしてキリマンジャロをはじめとする山々に囲まれた
ケニア南部の町です。
タンザニアへと続く物流の要綱の場で、
大型トラックやキリマンジャロを目指す世界中からの
登山客を運ぶシャトルバスでにぎわっています。
ナイロビから約150km、マサイ族の土地で
かつてはいわゆる牛糞で作った
マニヤッタ(家)ばかりでしたが、
どんどん近代化が進み、
大通りはコンクリート壁の店が
立ち並んでいます。
とはいえ、一歩裏通りへ入れば
まだまだ昔ながらのマニヤッタがあり、
質素なマサイの人々の暮らしが息づいています。
Kiアフリカ・ナイロビ支部で裁縫訓練中の
マサイのカサリンは、ナマンガ近郊の町出身。
彼女の家もまた古くからのまま、電気も水道もない
素朴な暮らしをしています。
カサリン実家

| ボランティアインターン | 09:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | このページのトップへ
ボランティアインターン体験レポート

Kiアフリカでは、アフリカに行き
ボランティアをしたいという希望を持つ方々のために
「ボランティアインターン」制度をもうけています。
先進国と異なり、途上国では、宿泊、食事、移動など、
日本での生活とは全く異なり、
案内・指導してくれる人がいないと行動できず、
時には危険も伴います。
この制度は、初めてアフリカに出かける人々の、
アフリカでのボランティア入門です。
現地を良く知っているスタッフの指導があれば、
初めてのアフリカでのボランティア体験もスムーズ。
将来、自分は何ができるか、どうしたら良いかなどの問いに
答えが得られることでしょう。

詳細は下記をご覧下さい。
http://www.kiafrika.org/KaigaiVol.htm

本日は、過去にご参加された方の体験レポートを
ご紹介します。

体験者:藤田雅子さん

kenyaに訪問するきっかけ

子どもの頃から漠然とアフリカに憧れを持っており、
小学生のときに黒い肌の人と結婚する!
青年海外協力隊でアフリカへ行く!
と言っていました。
大学卒業後、星野リゾートというホテルに就職。
環境にも人にも本当に恵まれていましたが、
仕事に関しては、心の底から燃えてくるものが
なかったのだと思います。
学生時代にやってきた部活、そして共に働く同僚と比べ、
心から仕事に打ち込むことができない
もどかしさがありました。
同時にやりたいと思える仕事がきっとあるはずだと、
ずっと思っていました。
2年働き、今唯一やりたいと思えることをやろう!
アフリカに行こう!と決め、仕事を辞めました。

■出発するまで
知り合いの誘いで学童保育所で
春休みのアルバイトをしました。
私自身、小学校の6年間通い大好きな所でした。
短期間でしたが思いがけずとても楽しく、
アフリカから帰ってきたらまたやりたいと思いました。
どんな方法でアフリカへ行こうかと
インターネット探していたとき、キ・アフリカを見つけました。
日本、ケニアで細かくサポートしてくれ、
また現地の施設を紹介してくれたり、
自由に過ごすこともできるというのは、
私にぴったりだと思いました。
30L程のリュックひとつで、出発しました。

■ケニア・ウガンダで
飛行機を降りた瞬間からアフリカ好きだなと思えました。
何よりも黒い肌、瞳は美しいと思います。
孤児院滞在、病院・大学訪問、図書館作り、
サファリ、スラム、ライル川ラフティング、
美しい海岸沿いも行きました。
ウガンダでは数年前まで内戦状態だった地域に行きました。
当時子供が誘拐され少年兵にされていました。
同年代の人達が、「誘拐され命からがら逃げてきた」
「20年間不安の中で生きてきた」などと話してくれました。
生まれた場所が違うだけで、
こうも異なる人生を歩むんだと衝撃を受けました。
日本とは全く違う環境の中、日本には無い開放感、
美しさ、危険、生きることの難しさ、
明るさ、もどかしさ、生きる力を感じました。
「圧倒的な大自然」「美しい人間」
そして「子ども達の可能性」、
また田舎に行け行くほど「美しい文化」がありました。
一杯の洗面器の水で、
全身を洗うことができるようになった頃には、
人間に「本当に必要な物」は少ないんじゃないか?
そして、その少ないものを大切にするような生き方をしたい、
と思うようになりました。
それまでの人生の中でも感じていたことですが、
3ヶ月の滞在で気付かされたことは、「人が好き」
「いろんな人に支えられてアフリカに来ることができ、
これまでもずっとそうだった」ということ(かもしれません)。
fujita 1

■帰国して
迷わず、学童保育所での仕事を始めました。
それと並行して保育士の試験勉強を始めました。
子どもの成長に関わる仕事は、
難しさと共に大きな喜びを感じられ、
本当に日々感動とやりがいがあります。
また、アフリカのことを伝えたいという思いも生まれ、
幼少時からお世話になっていた近所の方や友人に声をかけ、
ケニアで保育園をされている相原さんの講演と、
私自身アフリカで何を見てきたのか報告をしました。
40名近く集まってくれました。
またサイディアフラハの荒川さんとカルリさん来日時には、
子どもや親御さんとの交流会を行いました。

■今後は  
昨年11月に保育士に受かり、
今年4月からは神奈川の児童養護施設で働きます。
未来のことはまったく分かりませんが、
子ども アフリカ 自然 この3つが自分の中の今思うテーマです。
それぞれの形で、また時には融合させながら、
この先もずっと関わっていけたら幸せです。

fujita 2
| ボランティアインターン | 08:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | このページのトップへ
初ナイロビ生活
 サイディアフラハの最優秀生の、
技術向上プロジェクトが、今年より始まりました。
Kiアフリカのナイロビ支部スタッフの家に下宿し、
日本や先進国の洗練されたデザインや縫製技術を
半年間で身につけよう、というものです。
初回選抜されたのは、タンザニア国境に近い、
マイルティサという田舎出身のマサイ族のカサリン。
サイディアでの寄宿生活2年間の前は、
生まれてからプライマリースクール卒業までの15年間、
ずっと地元から出たことがありませんでした。
そんなわけで、もちろんナイロビへ来たこと、
ナイロビ暮らしは初めて。
大都会ナイロビでの、
外国人家庭でのホームステイ。
何しろ、電気、水道、ガスのない実家暮らしから一転、
インフラ完備の住居、食事から生活習慣等、
全てが異なるナイロビ暮らし。
新しいことをたくさん吸収して、
巣立っていってほしいです。

カサリン


| サイディアフラハ | 10:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | このページのトップへ
職場訪問
 2010年度卒業生のうちの一人、
ナオミの職場を訪問しました。
お世話になっている従兄弟の世話で、
ナイロビの、しかも国会議事堂等が立ち並ぶ
一番のビジネス街に位置するテーラーで、
先週から研修生として採用されています。

ナオミ職場1

職人9名、ミシンおよそ10台もある、
市内でもそこそこ規模の大きい店舗で、
ベテラン職人たちに囲まれて、
緊張した面持ちでいるナオミ、
馴染みの私たちKiアフリカスタッフの顔をみて
ちょっと安心したようでした。
3月末まで、裁断やデザイン等、
様々な技術のレベルを店主にみてもらい、
正式雇用となるか・・・
社会人としての第一歩を踏み出したナオミです。
| - | 09:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | このページのトップへ
卒業後・・・
縫製部を卒業した生徒のうち、
家庭の事情等で学費の支払が困難な生徒には
在学中の2年間、学費全額免除のシステムがあります。
昨年末に卒業した少女たちのうち、
ナオミ、ペニーナがそうでした。
学費免除の他、卒業後6ヶ月間に支援金を支給する他、
ミシンを貸与、支援金とミシン代は
卒業後の2年間で返済する、というシステムです。

卒業後、それぞれの進路を歩み始めた二人に、
今日はミシンと初の支援金の支給を行いました。

ナオミは、ナイロビで暮らす従兄弟夫婦に
お世話になっています。
従兄弟のツテで、運よくナイロビのテーラーで
アタッチメントといわれる、いわゆる研修生として
今週から勤め始めています。
ペニーナは、ナイロビから30分ほど離れたティカで
叔母のところに滞在し、近所のテーラーで同じく
アタッチメントとして働いています。
giving sewing macine


研修生としての立場は非常に厳しく、
良い技術を持っていることを認められなければ
給料はもらえません。
給料はもちろんのこと、研修期間後に
正式雇用に結びつくか、本人のがんばり次第。
しかし、無給で研修生をこき使い、
研修期間を終えたら雇用せず、また無給で研修生を入れる、
というひどい雇い主もいるのです。
彼女たち二人、まだまだティーンエージャー。
これから世間の辛さにぶちあたりながら、
がんばってほしいものです!
| サイディアフラハ | 14:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | このページのトップへ
技術向上を目指して
 年明け、ケニアの新学期が始まりました。
サイディアフラハの職業訓練部でも新入生を迎えて
授業が開始されました。
ここ2年間の縫製部の卒業生の進路をみていると、
残念なことに職を得た生徒の方が、
就職できずに実家へ戻る等した生徒よりも少ない、
という悲しい現状。
就職口が少ないということはもちろんですが、
より高い技術があれば、より職を求める窓口が広がります。
ということで、目下、縫製部の目標は、レベルアップ。
授業のレベルアップ、生徒たちのレベルアップ。
この課題は、一朝一夕に達成できるものではありません。
多方面のエキスパートたちの協力を得ながら、
話し合いを重ねてアイデアを出し合い、試行錯誤しています。

Johari

今日は、ケニアのスラム出身の青少年たちをサポートし、
やはり縫製の技術を教えて自立支援を行っている、
とあるNGOの担当者をサイディアフラハへ案内しました。
サイディアと彼ら、双方協力し合うスキーム作りを考えています。

| サイディアフラハ | 18:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | このページのトップへ
始業式
 年が明けて、ケニアではほとんどの企業の仕事始めが
1月3日から。
クリスマス休暇中スカスカだったナイロビ市内の主要道路は、
早速大渋滞が始まりました。
各種学校の始業も今週から来週にかけて。
KiAfrikaが支援している学校のひとつ、
タンザニアとの国境近く、キリマンジャロ山の麓、
ロイトクトクというマサイランドに位置する、
サウス・ムワンジ・アカデミーは2009年に開校。
開校2年目を迎える今年の始業式が、昨日行われました。

kilimanjaro

ケニアではキバキ大統領政権になってからこの10年、
8年間の初等教育が無償で受けることができるものの、
学校数は圧倒的に足りず、
一クラス80人等というマンモスクラスで
充分な授業が受けられないことから、
少しでも余裕がある家庭は
子供を質の高い私立校へ通わせます。
このサウス・ムワンジ・アカデミーは、
学校数が足りていない地に2年前、
KiAfrikaナイロビ支部代表の矢野とその仲間を始め、
東京都渋谷区の保育士と皆さんとその知人の支援で
2010年に設立しスタートしました。
開校当初から入学希望者が殺到し、
予定していた倍の約80名の生徒でスタート。
今年度はさらに増えて、120名に達しました。
教員増員、校舎造営と、運営陣は
生徒増加の対応に追われていますが、
これはケニアに圧倒的に学校数が足りていないこと、
そして政府の初等教育無償化が、形骸化していることを
如実に物語っているのです。

| サウス・ムワンジ・アカデミー | 08:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | このページのトップへ
分け合うこと
 腕いっぱいにマンゴーを抱えて、自宅のアスカリ兼シャンバ
(門番兼庭師。ケニアは各家庭に門番をおきます)が
声をかけてきました。
なんでも、田舎に住む従兄弟が地元で獲れた
マンゴーをたくさん持ってきてくれたので、
おすそ分け、ということなのです。
マンゴーを抱えた彼の姿に、思わず
胸がいっぱいになってしまいました。
彼らアスカリやシャンバの給与は、
雇い主によってまちまちですが
日本円にして4,000円程。
どんなに高くても1万円に達することはないでしょう。
いくら物価が安い途上国ケニアとはいえ、
スラムにある長屋を借りる家賃や食費、なかには
自分の子供の学費まで、どうやってその給料で
工面しているのか、想像もつかない額です。
そんな彼らが、くったくのない笑顔で、彼らからみれば
お金持ちの”ムズング”(白人の意。日本人もその部類に認識)
にどうぞ、と惜しみなく分け与えてくれるのです。
持てる者が持たない者に分ける、
これはケニア人全般に共通しています。
私たち日本人が、いつしか忘れてしまった、
人との関わりの原点が、このケニアには
まだ強く息づいていると感じます。
mango
| ケニア生活 | 19:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | このページのトップへ
新年のご挨拶
 新年明けましておめでとうございます。
年明け三が日も過ぎてしまい、
Pole poleなご挨拶となってしまいましたが、
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

Ki Afrikaナイロビ支部は、
日本からボランティアインターンの方々を迎え、
元旦に初日の出を見に、大地溝帯へ行ってきました。
初日の出後は、ナイバシャ湖に浮かぶクレッセント島
(三日月島)でウォーキングサファリ。
ケニアといえば、”野生の王国”。
この島には、キリン、シマウマ、インパラ、
ガゼル等約10種の草食動物が生息し、
安全に徒歩で動物観察ができる、
お勧めの観光スポットです。
クレッセント島

夕刻、年末年始の休暇中に帰省することができず
サイディアフラハに残っていた二人の孤児、
ワンボイとヘレンを交えてささやかな新年会。


二人は日本の御節料理に初挑戦していました。
今年も皆様にとって、良き一年となりますよう・・・!


| スタッフより | 09:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | このページのトップへ